Little AngelPretty devil 
      〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

     “お山へのお客様”
 


いい陽気の日は、
むせ返るほどの草いきれに包まれるようになった草っ原。
風に揺さぶられ、さわざわ波打つ若い草むらに、
少しずつ覆われつつある ゆるやかな斜面(なぞえ)を突っ切り、
時々通らないとすっかりと痕跡さえ埋まってしまう、
細い細い小道をてことこと進んでゆけば。

 「………お。」

いつものお気に入り、楢の樹の上から、
緑の中へ埋もれかかっている金のお尻尾の先を見つけてくれてか。
小さなお手々をお口の左右に立てての、
お声が通るよにした上で、

 「あ〜ぎょ〜ん〜っ。」

小さな仔ギツネさんの愛らしいお声、
最初の呼びかけの余韻が消える前にも、
どこかの頭上から、ふわり、舞い降りて来てくれるのが、
この裏山の精霊たちを牛耳っておいでの蛇神様で。

 「よお、どした。」

単体で霊力の強い存在は、
土地の地脈や風の巡りといった均衡や安定をも揺るがし、
それがための不安定な状態は、
災禍や災厄を招きかねぬというけれど。
だったら、こちらは邪神の筆頭、
人へも獣へも、もしかしたらば精霊らへも仇をなすよな種族の、
しかも上位の邪妖でありながら、
日頃は特に威容を振り撒くこともなくの飄々と振る舞っておいで。
今も、自分の膝まで背丈が有るか無しかというような
小さな小さな坊やと向かい合い、
視線を合わせんとわざわざ屈んでやりまではしないが、
それでも、穏やかに微笑っておいでであり。
そんな彼の態度にようよう馴染んでおいでのこちらの坊や、

 「あんね、あぎょんのお客しゃまなの。」
 「客ねぇ…。」

連れがいることも とうに気づいていたけれど、
彼にしてみりゃあんまり有り難い存在でもないようで。
だがだが、小さな坊やにしてみれば、
お山の入り口で呼び止められて、案内をと頼まれるより前に、

 『あ、あぎょんのトコにいたのっ。』

以前にも見かけたことがあると、
不躾けながらも小さなお指でお顔を指し示したほどの
ようよう知ってる人だったため。
お友達なんだろうと案内して来たようであり。

 「久しいの。」

微妙に仏頂面のままの蛇神が、彼にも見えるものか。
さすが仏門に仕えるお人は格が違う…という事情が判る人でなければ
この彼の墨染めの衣紋を見たところでピンとくるはずもなく。
自分よりもずんと大きい二人を交互に見やっていた無邪気な坊やだったが、

 《 くうたんっ!》

草原の丘の上、そちらは少々まばらになってる草の間から、
同じくらいに幼い誰かの声がして。
途端に、甘い茶色の髪を束ねた頭へ、
ひょこりと立ってた三角のお耳がひくひく震え、

 「こおたんっ!」

お友達の“遊ぼvv”のお声だと聞き分けた坊や、
伸びやかなお声で返事をし、
お尻のお尻尾、したぱた振ってしまうのへ、

 「ああ、此処はいいから遊んで来な。」
 「いーの?」

お話しが始まるまで付き合う義理はないはずなのにね。
送ってかなくてもいいのかしらとでも思ったか、それとも…

 「…そうそう。」

いや別に、ご褒美を待ってた坊やではなかったのだが、それでもね。
髪を剃りあげた上へまんじゅう笠をかぶってらしたお坊様、
僧衣の上へと羽織っておいでだった、
半臂という袖なし短衣の懐ろからひょいと取り出して見せたのが、
細長い柄のついた小さな小さな鼓。
柄杓の先の水を掬うところに皮を張ったようなそれだったが、
柄を摘まんだそのまま指先をこすり合わせ、
軸をくるんと回して見せればその途端、

 とた・とんとん、と

何とも軽妙な音がした。

 「はや?」

何なに、今の音な〜にと、
潤みの強い大きなお眸々をぱちぱちっと瞬かせた坊やへ、

 「ほれ、坊もやってごらんな。」

小さなお手々へどうぞと愛想よく差し出されたもんだから。
小首を傾げつつも怖ず怖ずと受け取ると、
同じよに…とは ちと要領が違ったが、
それでもふりふりと振ったれば。
鼓の左右から麻糸で結ばれての
ゆらゆら揺れていた、小さな木の実が二つほど。
振ったら鼓に当たって“とことんとんとん”と音を出す。

 「きゃいvv」
 「気に入ったならあげるよ。」

あっちの坊やと仲良く遊びなさいと、
にっこり笑えば、うんと大きく頷く素直さよ。

 「じゃあね、あぎょん。」
 「ああ。」

後で遊ぼうという意味だろか、
大きいお兄さんへもみじのような手を振り振り、
とこてこという小さくも拙い、愛らしい足取りで、
草むらの中へと駆け入ってしまった坊やであり。
そんな陰をば双方ともに視線で追いつつ、

 「…懐かれておるな。」
 「ま〜な。」

明後日を向いた者同士、言葉も随分と省略されていたものの、
それでも会話は成り立っている。
実はこちらの蛇神様を、
人の世界へと召喚したことがおありの僧侶様。
それがためにか、良からぬ魂胆をもつ何物かから、
その身を人質に取られてもいたようだったけれど、
詳細は…あの神祗官補佐殿も
実は知らぬし知ろうともしないという曖昧さ。

 『俺ぁ神道側の人間だからの。
  仏門の方の諍いまで詳しくはないし関心もねぇのさ。』

ということらしいのだが。
そんな関係筋の人物が、畑違いになろう蛇の神を召喚した辺り、
ややこしい経緯もあったのだろうに。
そして、こうまでの地力持つ格を召喚出来たのだ、
並々ならぬ能力者でもあるのだろうに、
有名な僧籍にも顔は見ぬとの、つまりは埋もれた存在でもあるらしく。

 “胡散臭いと睨まれるのを鬱陶しいと思うのが普通で、
  そのまま何が悪いかと胸張って威張ってる
  あの金髪キツネ野郎の方がおかしいんだって。”

おおお、阿含さんからまで“普通じゃない扱い”ですぜ、蛭魔さん。
あ、しまった、名前は出してなかったか?
(おいこら)
そんな微妙なお立場らしき僧侶殿、
忘れた頃合いに此処を訪ねておいでにもなり。
単なる様子見だと涼しいお顔で振る舞っておいでだが、
以前、どこやらのご本尊にならぬかという言いようをしておいででもあって。
そうまでの話を持ち出せる組織の一員ではあるらしき、
才も格もあるらしき僧侶殿、

 「あれも、もしかすると結構な存在なのではないのか?」

蛇の眷属のかなり上位である彼を恐れぬならばと見抜いたそのまま、

 「さてな。」

言葉を濁すご当人だが、珍しくも視線が泳いでおいでなのが、

 「〜〜〜〜〜。」
 「笑ってんじゃねぇよ、生臭坊主。」

ぽこりと骨太の拳骨が飛んで来たの、
あえて避けずに受け止めて。
すすけた笠を凹まされつつも、
その陰にての苦笑がなかなか止まらない雲水殿。

 “そういう対象が出来ようとはの。”

此処の土地神が
元からいた訳じゃあないその上、
こうまで覇気あふるる霊的存在の長逗留へ何も言わないのは、
そんな彼が実は怖いことを重々察しているからかそれとも、
人世界の都合上の地主である、陰陽術師の青年の睨みに口塞がれてか。
今のところはどっちもありなんじゃあなかろかというのが、
下々の小者らが把握している、此処の勢力図なんだそうだけど。

  だったら、
  そんな二大巨頭を意のままに引っ張り出せる対象は
  最強なんじゃあなかろかと

いろんな意味で微妙で乱暴な言いようじゃああるが、
結果として鼻面引き回せるのなら、
確かにそういう存在は、最強なのかもしれない、
巧妙に扱えばそのままこちらの鬼神二人を牛耳れるのだ、
そんな旨みの多い存在は滅多にないかもしれないが。

 “あのおちびさんにしても、館におわす書生の坊やにしても。”

当人はまだまだ小さくて非力な和子たちながら、
その後背に控えし存在の大きさは凄まじいものがあり。
且つ、当人らにしてもここ一番には途轍もない能力を発揮するとか。
そういう和子らであることをまでは、残念ながら気がついてはない、
中途半端に情報通の粗忽な奴輩が。
何をどうと利用したいのか、
力のある者ならば妖異であってもかまわぬと、
あちこちの噂へ目串を刺しているのはよくある話。

 「時折、こちらの童子らの噂話も伝え聞くのでな。」
 「………ほほお。」

吾はあいにくと仏門の者。
あの屋敷の神祗官補佐殿へは直截に口を利く訳にもゆかぬと、
白々しい言い訳を付け足され。
だからといって俺に聞かされてもなぁという、
すげなく知らぬと打ち払うではない、曖昧な相槌をうつ蛇神へこそ、
再びの苦笑を咬み殺した雲水殿。

 「それではな。吾の用件はそんなところ。」
 「何だ、世間話をしに来ただけか。」

わざわざのお越しは、彼自身が当地の気配を窺いたくてとそれから。
ひねくれ者の異形の存在、
だのに…愛らしい神寄りの眷属と睦まじいのが、
それ以上は無い眼福だからと、
出来れば再びお目にかかりたかっただけらしく。
ではなとかっちりとした背中を向けかかったその間合いへ、

 「あ〜ぎょ〜ん〜っ。お坊ちゃま〜〜。」

無邪気な声がどこやらからし。
おやと視線を上げたれば、
草むらを突っ切っての丘の上まで、
到達していた仔ギツネ坊や。
同じくらいの似たよな姿の和子と居並び、
おーいおーいと小さなお手々を振っており、

 「おお。」

笠の縁をば ついと持ち上げ、
何とも和んだ笑みを向けたお坊様。
青い青い空の下、緑の丘に小さな主人のように立つ二人の和子へ、
初夏の陽が燦々と、目映く白く降りそそいでいたそうな。







  〜Fine〜  12.06.08.


  *あぎょんさんと、雲水さん、久し振りのご登場です。
   大人たちへはせいぜい悪ぶってるあぎょんさんですが、
   実のところは、
   雲水さんにだけ微妙に頭が上がってないと楽しいですvv。


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